兎島



兎島は周囲たぶん1kに満たない、いや、もっと小さい島かもしれない。春は桜が小さい島にケーキのような飾りを着ける。島中桜色というのではなく、ところどころ、うすいピンクの色が緑の欅の雑木の間にかすんでいる。こちらの岸から眺めるとそこだけ、木がなくなってぽっかり空いているようにもみえる。桜と海の色が似ているせいだ。

 海岸から800メートルはあったかもしれない。この兎島は引き潮になると、島につながる道があらわれる。うっすらと水を張ったくらいまで潮が引く。夏になると、ゴム草履をはいて、島への花道よろしくぴちゃぴちゃ音を立てて兎島に行くのだ。

途中でひろう貝殻や酸漿を入れるビニール袋はわすれない。つい、足元の水たまりや貝殻や泳ぐ小魚につい、みとれてしゃがんでしまうから、スカートやパンツがたいていぬれてしまうけれど、遊んでいるうちにかわいてしまう。脱げてしまったゴム草履をきゃあきゃあいいながら追いかけることのできる優しい海だ。

ノブちゃんが一番好きだった。一番なつかしいのに、この間の同窓会、ふつうみたいなかおして私はノブちゃんをみていた。「赤い石」あの時、何にもいわないから、私もなにもきかない。小学生の時のちょっと,いじわるなノブちゃんが好きだった。おとなになったあなたは、おちついているけれど、そう、そうやって、みんなをとりしきって、本当はこんなことやりたくないんだから、という、ぷくんとふくれたあなたのあのころの表情の瞬間がみたかったの。

兎島につくと島を探検するのだけれど、満ち潮が気になって、なんだか、いつも急ぐ感じになった。島のまわりのごつごつの石が、歩くのに難儀で、海鳥の声がさっきとちがう。この島に取り残されてしまう。何かが私たちを疲れさせようとしている。海がふくらはぎまできてしまったらもう帰れない。通ってきた道が濃い海の色になったら戻れない。家のある対岸はすぐそこに見えているのに、道を見ると果てしなく遠い気がする。私たちは口数も少なくなって、ひたすら歩く。
あんなに気持ちのよかった水に私は転びそうになっている.
ゴム草履が流されないように、慎重に注意深く歩く。貝や石や酸漿を入れているビニール袋が重く、じゃまくさい。長いような短いような寒いような時間、ノブちゃんは私より、前を歩こうとする。

 −いっしょにいこうよ−
 私の声は風に消える。
向こう岸近くなって、前を行くノブちゃんが道をふりかえって笑っている。私も兎島をふりかえった。道の色ははまだくっきりと兎島にのびている。日だってまだあんなに高い。手や足が軽くなっていく。ノブちゃんが話しかけてくる。私たちがしゃがんで、海を覗くと、海もやっぱり優しい顔にもどっていた。

 海はちっとも満ちてこない。流れる水の道がきらきらひかる。私たちはなにをおしゃべりしていたのだろう。突然、道は海の色だ。