越野商店

 名鉄蒲郡線東幡豆駅に降りると海が見える。昔は海水浴場や兎島、猿ケ島の観光でかなりのにぎわいだったが、今は無人駅だ。兎も猿もいない兎島、猿ケ島になった。観光地の三ヶ根山は蒲郡から登るルートが主流だ。それでもまだ駅前はタクシーがある。駅前にあった生地屋、豆腐屋、時計屋、そろばん塾、文房具屋たくさんの店がなくなっていく。
 越野商店へはいつも海辺の道を歩くけれど、急ぐときは山側を行く。上畑部落まで来ると坂を下った正面が桑畑部落の越野商店だ。車が飛び込んで来そうな位置に赤いコカコーラの看板の「越野商店」の文字。道は越野商店の前で右に急カーブする道と海に行く道に分かれる。越野商店の脇腹に何度かこすられた跡。
 この国道237号線を車で通ったことのある町内の同級生はもちろん、ハンドルをこんちくしょうと否応なく切らされる時の赤い看板の越野商店を高校の同級生だって、かなり知っていて、私は友達に家を教えたことがない。
 越野商店の商品。毎日仕入れるもの。野菜、豆腐、ちくわ、肉、魚、パン、饅頭。そして、缶詰、卵、ちり紙、文房具、種、雑誌、電球。洗剤。私が子供の頃は量り売りの酢や砂糖、ソース、味噌。香典袋、貸本。夏限定のかき氷。昔は夏だけだったアイス。花火。麦藁帽。水鉄砲。水中眼鏡。昆虫採集網。虫かご。おもちゃの如雨露。蚊取り線香。
 父は部落の人が欲しいというものを西尾や名古屋に買いにゆく。ひとつの注文にいくつもの櫛。売れそうもないものがどんどんたまってゆく。まち針。糸。ボタン。箸。梅酒のガラス瓶。
 越野商店が30余年の看板を下ろしたのは12年前の夏。全品50%offを1週間続け、丸ごと取り壊されたのはその年の冬。更地の土の色がなんだかあかいなあと思った。