1「どんな人でも、ひとりきりで部屋にいるときは、狂人にしか見えないんじゃないかな」
 81年春のSASの桑田圭介との対談で、桑田の「けっこう妄想家?」という問いに対して「妄想なんて人と比べたことないからわかんないけど…」につづいての発言。

2「あー、ブスになっちゃった」
  デビュー前には背中まであったロングヘアを、八神自身の抵抗むなしくデビュー時に切ることなり、実際に美容院でカットしたあとに鏡を見てのひとこと。(出典:「54日間のアメリカ人」)

3「だってコロコロなんだもの」
時任三郎との雑誌対談にて、十代後半はごはんをあまり食べなかったという話で。ちなみに時任三郎みたいなのは結構タイプだったようだ。たしかに背の高さは現旦那様並み。


4「トランジスタグラマーってかさ、ものすごく感じるよ」
 
ほとんどスケベオヤジと化した堀内孝雄の発言(81年対談)




5「フッフ、がっちりしてるだけよオ。あたしが一番負けてるもん」
 上の堀内孝雄
の発言をうけて、八神3姉妹のグラマー度について。 謙遜なのか真実なのか知る由もない。


6. 「彼女ったら、最高ったらないよ、こんなうれしこちゃんは日本にいないぜ。彼女のポップな感覚ときたら、きどりっぺこんにゃくも真っ青なのよ」
原田真二からの最大級の賛辞(夢見る頃をすぎてもコンサートツアーパンフレットより)。実は彼女も原田の音楽に心酔していた。ところで、「きどりっぺこんにゃく」ってもしやポップス界に君臨してきたあの人のこと?

7「八神さんの仕事は楽しかったですよ」
 ヤマハ時代初期から中期にかけてのレコーディングセッションで共演することが多かったベーシスト後藤次利氏のコメント(http://www.vitaers.jp/goto/qanda.html)。スタジオミュージシャンからこういう風に言われるのは、アーチスト冥利に尽きるのではないだろうか。メルポのバックももちろんいいが、トップ・スタジオミュージシャンたちとの共演もライブで観て(聴いて)みたい。間奏のチョッパー演奏が有名な「想い出のスクリーン」をはじめ、クレジットがないからさだかではないが、みずいろの雨からMr.ブルーまでのシングル曲のベースはほとんど後藤氏なのではないだろうか。

8.「レコーディングの時、気持ちだけはハ・ダ・カ」 By 八神純子 (「54日間のアメリカ人」より)
「54日間のアメリカ人」の「ホットパンツとノーブラ」というちょっと刺激的なタイトルの章にでてくる言葉。 この「ハ・ダ・カ」という気持にせめて実感として近づくために「とっても恥ずかしいけど、ブラジャーをはずして歌うんです」とのこと。うーん、すごい根性というか、なかなかのこだわり派というべきか。

9.「そうよオー、色っぺーだろオ!」  
上記と同じく「54日間のアメリカ人」の「ホットパンツとノーブラ」より。無論こんなお下品なべらんめー調をお嬢様の八神純子が実際に発したわけではない。ノーブラに気がついた周りの男どもが「あれっ、純子ノーブラじゃない?」と、からっと明るく言ってくれれば、「そうよオー、色っぺーだろオ!」ってな具合にさらっといけるのにね、とのこと。でもそんなふうに明るく言ってくれる男って「ほんとにめったにいない」と嘆いている。

10. “We must let the world hear your voice.”(君の歌声を世界中の人に聞かせてあげなくちゃね 試訳:クリフォードBy J.J. Stanley
 夫君ジョン・スタンレーのアルバムinside movesのジャケット裏面に載せられた八神純子へのメッセージ。このアルバムリリース時点ではまだ婚約発表はしていなかったはずだが、「純子、君は家族の一員だよ」みたいなことも書いてあって、すでに2人は「できて」いたらしい。八神はバックボーカルでこのアルバムに参加している。

11.「作曲する際のサポート役、相棒というところですね。サメタ関係です。」By 八神純子

 「サメタ関係」というのは、夫婦仲のことではないので誤解なきよう。この発言は、ある雑誌の「ピアノと私」というコーナーで、「ピアノはあなたにとって何ですか」という質問に対する答え。3歳からクラシックピアノ、高校2年でポピュラーピアノを習い、コード進行等作曲の基礎を学んだわけだが、「本当いうとピアノはあまり好きじゃないし、得意でもない」という意外な発言も。ちなみに実家のピアノはドレスデンという国内ブランドの象牙製の鍵盤だったそうである。

12.「コンプレックスだらけのわたしにも、自信があることはあります。それは人を愛すること。」By 八神純
79年雑誌取材より。「いつだって、わたしはあったかいハートを持っています。初恋だってそうでした」と言って、初恋のエピソードを紹介。小3のときスキー場のゲームコーナーでお金を貸してくれた大学生と高校卒業まで文通。その相手は、結婚して息子ができると純一と名付けた。「純ちゃんの字をもらったんだよ」と後に言われたそうである。

13.「ニューミュージックのひとたちもお金持ちね。わたしは違うけど」By 八神純子
借金禍に陥る前の、自家用ヘリコプター乗り回していた全盛期の千昌夫との82年対談より。「わたしは違うけど」というのは、「そんなことないでしょ」と思ってしまうが、たしかにニューミュージックの大御所といわれる人たちは、八神純子よりずっと稼いでいただろう(もちろん実家の財力は別として)



14.「高木麻早さんが先輩で、高木ブーが兄妹」 By アルフィー坂崎
82年、まだ無名時代のアルフィーとの対談での坂崎の発言。たまたま八神のポプコンの先輩の高木麻早の話になったところで、小学生のようなくだらない冗談が口をついてでてしまった坂崎。高見沢がすかさず「あんまり気にしないでね、冗談だから」とフォローしたのではあるが…。まあさすがに小坂明子には言えない冗談だろうが、ちょっとポッチャリしてるくらいの八神なら笑ってすませる冗談というところだろうか。
以下対談最後の部分

八神: アタシ、お話してて、合わなくなったり、駄目だって思うとしゃべれなくなっちゃうんだけど、今日はノッてはなしてしまった。シマッタナー。
坂崎: アレー!? さっき怒って録音テープ止めてたけど。(全員大笑い)


15.「きらめくセクシーボイス」
音楽雑誌のグラビア写真のキャッチコピー。なんともダイレクトな表現だけれども、なかなか言い得て妙。よく言われる「クリスタルボイス」よりこっちのほうがしっくりくる。彼女の声の魅力は単なる美声ということではなく、色香(色気)に満ちていることにあるのである。

16.「凄いオバサン」 By平井堅
「オバサン」というのは、あくまで小学生の平井堅にはそう見えたということで、要は「みずいろの雨」を歌う八神の歌唱力のすごさにたまげたということ。数年前のラジオ番組でのトーク。平井はNHKのテレビ番組でもみずいろの雨を自分の印象に残る曲ベストテンにあげたり、自分のコンサートでもこの曲を取り上げていたようだ。

17. 「私は八神純子を世界一の歌手だと思ってるのよ」
 SPA最新号に掲載されている自称「性悪オカマ」、71年生まれのJポップライター石井恒氏のコラムのタイトル。「この世の至上の美…オーロラやメラネシアの海、モネの絵、グレース・ケリー…八神純子の歌声もそのひとつ」「歌の素晴らしさも無限大。上品で可憐…―中略―…キーボードを弾きながらでも決して乱れず、端正なのにエモーショナル」と、故宮川泰先生以来の大絶賛。
「端正なのにエモーショナル」という一見矛盾する表現が八神の歌唱スタイルをうまくとらえている。(目次にも載っていないような一段のベタ記事扱いのちっちゃいコラムなのでお見逃しないよう。コラム最後のほう読むと、ヤマハのCD再発とのタイアップっぽい感じもするがそれはご愛嬌ということで。

18.“I wanna have a boy friend.”
1982年、八神純子年女の年の年賀メッセージ。年頭の抱負といったところか。彼女の自筆のイラスト入りというのが、なかなかめずらしい。

 

19.「私たちレズでーすBy Junko Yagami
 ファンクラブ誌のインタービューでバックバンドメルポの山川恵津子(えっちゃん)との仲のよさを聞かれてのひとこと。「う、うそだ、ぬれぎぬだ(笑)」とすかさずえっちゃんが否定。 
 山川恵津子といえば、作編曲としてはいまや大御所的存在になっているようだが、こんな才人が在籍していたメルポというのはすごいバンドだったのだとあらためて思い知らされる。
 自身のHPBBSでは、コッキーポップDVD Vo.2について「凛々しいお姿ですね」とのファンからのメッセージに「今は跡形もないです」とのこと。
 この人はプロフィール紹介によると京都出身で、音大の声楽家にはいってほどなく
CMの仕事などをはじめたらしい。八神自身は彼女のことを次のように紹介している。
「同姓だということもあり一緒に食事したりの仲良しです。音楽の雰囲気も洗練されています。声がとっても器用で何でもだせ、私と歌えば私と同じ声でうたえますし、ほかの人にも合わせられます」

 

 

20.「今のわたしのボーカルの課題は少しきちんと歌いすぎるところ。もう少し遊びの部分が出てもいいんじゃないかなと思ってます」

 あれだけ完璧な歌唱力に恵まれていながら、なんとも冷静な自己評価 (80年秋の雑誌取材)。並の歌手には贅沢な悩みにしか聞こえないだろう。ただ、たしかに八神ボーカルに欠点らしきものがあるとすれば、どんなにエモーショナルになっても決して踏み外しがない、つまり遊びの部分が少し足りないということが挙げられるのかもしれない。欠点といっても、あくまで非常に高い元での話ではあるが。
 とくにヤマハ初期から中期にかけては、張りのあるボーカルのみずみずしさゆえ、そんな点もほとんど目立たなかったのだけども、ヤマハ後期には曲によっては少し丁寧に歌いすぎでそれが逆にすこし彼女の魅力を少し薄めてしまっているように感じたのは私だけだろうか。

21.「八神純子はかわいらしい。まるで、まるまるとした赤ちゃんのようだ」

 およそ専門家の発言とはおもえないコメントだが、これは八神の初期の楽譜集に掲載された音楽評論家の三橋和夫氏の文章の冒頭部。さらに続けて「そのせいかどうかわからないが、出身地の名古屋でコンサートをやったときには男子の中高生が殺到した」のだそうだ。これを読むと、すくなくとも地元ではキャンディーズばりのアイドルだったということだろうか。

「まるまるとした赤ちゃんのよう」というのが褒め言葉になっているのかどうか知らないが、ザベストテンで久米宏も同じような表現を彼女とのからみで使っていた。







22.「小太りの方がビキニ着てるの好きなんです、赤ちゃんみたいで」
by久米宏

 前回に続いて赤ちゃんシリーズ。バカンスで海に行ったときの話で「ビキニ着ました!」という八神の発言に、久米宏がすかさずコメント。ベストテン特番の八神Vs久米宏の名迷場面集などでもかならずといっていいほど取り上げられる迷言。今となっては、このやりとりも笑える傑作だが、当時は怒り心頭に発した八神ファンも多いかもしれない。

 

23.「ツアーが終わって夜が暇でしょ。ナイターをよく観るの。今年は地元中日が好調だからゴキゲン」
彼女は結構プロ野球が好きだったようで、ご贔屓の選手として中日の田尾、藤波、西武の山崎などを挙げていてなかなか目の付け所が渋い。中日が勝った日は「ナイターだけじゃあきたらないで、NHKのスポーツアワーからフジTVのプロ野球ニュースまでありとあらゆるスポーツニュースを見ちゃう」ほどだったそうだ。

24. 「キャンディーズのランとスーをたして、プーと膨らませた感じ」

これは当時の某週刊誌の八神のルックス評。「ランとスーをたして」だけだったらスーパーアイドルグループの人気者二人のいいとこどりで最強のアイドルなのだが…。

25.「繊細で大胆、感覚的で理論的、作曲家としての必須の条件を全部持つ素晴らしきミュージシャンである。」 By 宮川泰 

昨年他界された作曲家宮川泰氏が70年代後半に活躍していたシンガーソングライターを作曲の面から批評した著書で、八神純子に対し送った最大級の賛辞。ユーミン、中島みゆき、吉田拓郎ほかニューミュージック界の大御所、ホープが網羅されているのだが、宮川氏はそのなかで誰よりも八神純子を高く評価していたことが伺われる。「今後望むことはたったひとつ、八神純子の世界を造り上げてゆくほかに、もっと狭い音域で(誰でもうたえるように)佳曲をドシドシ生み出してほしい」と彼女に対する批評を締めくくっている。

26.「ブリリアントなスペースエンジェル」
 ある雑誌によるとデビュー時のキャッチフレーズだったそうだが、ほんとだろうか? 「ブリリアント」と「エンジェル」はまあいいとしても、「スペースエンジェル」というのは、あまりに不可解なネーミング。デビュー時の彼女のイメージとはまったくミスマッチではなかろうか。

27.「ガーミンと呼んで」

ガーミンというのはユーミンになぞらえて谷村新司が八神につけたニックネームだそうだ(堀内孝雄との対談より)。 

八神:あたしはガーミンって、すごく気に入ってんのよ。
堀内:いいよ、すごい。
八神:もっと広めて。全然広まんないよ。自分で広めないとだめか。
堀内:だからもう出しちゃえばいいのよ。プロフィールに「ガーミンと呼んで」って。
八神:ガーミンと呼んで。
堀内:そうよ。なんかムーミンみたいだけど(笑)

 

 

 

28.「ホームシックになったけど、そんな時ってすごく詩人になれるのよね」
80年春にロスでホームステイをしたときに「思ってた以上に私の英語、通じなかったので」ホームシックになってしまったようだ。しかし、そうした苦い経験もプラスになった面もあったようで、「今回の創作およびエネルギー補給留学は大成功」だったと総括している。

29.「自分じゃわかんないだろうけど、歌ってるとき、イヤに女っぽく感じるのね。肩をすっと引いたりして、あごの下の肉が盛り上がっちゃてさ(笑)」 By桑田圭祐(サザン)
いかにも桑田圭祐らしい観察眼。対して八神は「やだー。二重あごにならないように気をつけてるんですよ」と。

たしかに八神のあの独特の身をくねらせながらのピアノ弾き語りスタイルにクラクラきたファンは多いことだろう。あれは演奏というよりも視覚的効果がほとんどだったと思われる。

30.「ニューヨークが怖い街ですって?とんでもないわ。一言でいえばエキサイティングシティーよ」 

当時ニューヨークは、たとえば旅行客の女性がひとり歩きするには危ない街(今でもそういう危 ない街はたくさんありそうだけども)というようなイメージがあったのだと思うが、それを踏まえての発言。JALI Love New York キャンペーンソングを歌っていたのだから、当然と言えば当然の優等生発言ではある。

ちなみに写真はテレビCMでも流れた自転車でNYの街中をまわるシーン。右手にエンパイヤステートビル、左手奥にワールドトレードセンターらしきツインタワーが見える。自転車は小柄な八神に合わせて子供用とのこと。

31.「わたしは小さい頃からひとりでいるのが得意な子だったのよ」
うーん、なんとなくわかるような気がするなあ。
壁に向かってシャーリー・バシーとか歌ったりして…

32.「上手」
八神純子に対する賛辞としてはなんとも素朴だが、これは誰あろう娘のEMMAからのひとこと。映像は2002年ベストテン特番出演時のもの。

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33.「なんてチャーミングなんだろう。素晴らしい声で、素晴らしく表情豊かに
  歌ってのける人」

 バーブラ・ストライザンドに対する八神の賛辞だが(「54日間のアメリカ人」より)、この賛辞はそのまま八神純子に捧げたい言葉だ。
 それにしても、「54日間のアメリカ人」の表紙を見ていつも思うのだが、なんでよりによってあのショットが表紙に選ばれたのだろうか。理解に苦しむ。他にいくらでもいい表情の写真があるのに。数年前に誰かがヤマンバみたいだって言ってたけど…

34.「昔から白い色が好きです」
たしかにステージ衣装なども白が多い。膨張色なのに、などというのは余計なお世話ですね。
愛車のカプリも白なら、CP−80も白。
他の色ではブルー系の衣装が比較的多いように思われる。

35.「ミート君へ」

実は八神純子はコミックのキン肉マンに登場している。といっても名前だけなのだが。

集英社文庫コミック版キン肉マンの第一巻「たて!ナチグロンの巻」中、キン肉マンとミート君の住んでいるアパート(?)がでてくるシーンで、「ミート君へ」として八神純子のサインが、ジャイアント馬場のサインなどとともに壁に掲げられているのである。馬場のサインはわかるが、いったいなぜ八神純子なのだろう?

八神純子は、そして八神という姓はなぜかアニメ、コミックの世界と縁が深い。漫画家八神ひろきが八神純子のファンでペンネームを八神にしたというのは有名な話だし、セーラームーンの作者武内直子は八神純子の作品、特に詞から影響を受けたそうである。ほかに八神健、八神千歳という漫画家もいるそうだ(このふたりのペンネームが八神純子とかかわりがあるのかは不明)。八神姓はアニメの登場人物にも、それも重要な役どころで使用されている。「めぞん一刻」では八神いぶき、デジモンには主人公八神太一、ヒカリ兄妹、「課長バカ一代」の主人公は八神和彦。「八神君の家庭の事情」というタイトルのコミックもある。しかしなんといっても極めつけは、タイムボカンシリーズと同じ時間枠で1984年に放映されたタツノコプロのOKAWARI-BOY スターザンSのヒロイン八神ジュン。

八神純子を念頭においたネーミングとしか思えないのだが、実際のところどうなのだろうか。

ちなみにわたしはアニメオタクではない。

36.「『思い出は美しすぎて』を聴き、その歌唱力に魅せられた僕は真剣に注目する気になった。」By富澤一誠 (音楽評論家)

偏見かもしれないが、富澤一誠という人は「生き様」にこだわる人で、八神純子のようなシンガーとは最も遠い世界の評論家だと思っていたのだが、思いのほか正当に彼女の実力を評価していてくれたようだ。

ちなみに近年富澤氏がプッシュしているのが関口由紀というシンガーだそうだが、この人は自分のサイトのプロフィール(http://sekiguchiyuki.com/)で「好きなもの」のひとつに八神純子を挙げている。
“DNAが歌わせる”というキャッチ・フレーズで売り出しているそうだが、”I’M A Woman”がヤマハスピーカーのキャンペーンソングに使用されたときのキャッチコピー「歌うために生まれたきた」に通じるものがある。

37.「キミの歌を聴いてるとさ、すごく日本的な♪チテトンシャン、チテトンシャン…というのを感じちゃうんだよね。」By 桑田圭祐

桑田と八神、ともにザ・ピーナツ大好きということで対談で意気投合したようだが、同時に桑田は八神の音楽性に日本的なものを感じ取っていたようだ。八神も 「以前渥美二郎サン(演歌歌手)にお逢いしたら「『みずいろの雨』はまさに演歌ですねといわれて、やっぱりって思ったのね。」と応じている。

38.UFO見ました!?(八重洲口の怪)
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39.「暮らしてもいいな、この街ニューヨーク」

言わずと知れたJALパックCMのきめぜりふ。このCMの印象のせいか彼女がロスではなくNY在住だと勘違いしているひとも結構いるようだ。 

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40.「うちの旦那さんがすごいファンなんですよ」 By 松任谷由美

 FM東京の音楽番組ニューミュージックNOWの、1980年新年企画で「ユーミンVs八神純子」というニューミュージックの新旧女王顔合わせが実現したおりの発言。「旦那さん」とは、もちろんスタジオミュージシャン・アレンジャーの松任谷正隆氏。ご存知のとおり、翌年レコーディングのアルバム「夢見る頃を過ぎても」では松任谷正隆氏がアレンジ、ピアノ演奏で参加している。

  音声バージョン


41.「24時間コンビニエンス・デュエット」 By 古館伊知郎

新婚当初のジョンとのアツアツぶりから古館が命名。とはいっても、この二人の関係、必ずしも順風満帆というわけではなかったようだ。著書「探し物は心の中に」によると、「ギクシャクした関係が何年も続いた」時期があったとのこと。ビデオへ

42.「気に入ったらとことん」

ファッションに関してのひとこと。「私のファッション感覚はかなり頑固」だそう。
Santa Monicaのロゴ入りトレーナーは色違いをなんと5着も持っていて、一時期は、下はジーンズ上はこのトレーナーの着まわしですましていたこともあったとのことなので、「頑固」度はかなりのもの。それにしてもあの「素顔の私」のジャケットで着ているトレーナーの色違いが5色あったとは! 黒、黄、白は確認できているが、後の2色は何色なのか気になるところではある。




43.「純子ちゃんの恋人宣言はないの?」

一見どうということもないお決まりの質問のようにも思えるが、すぐ横にいる郷ひろみとの噂があった直後
だとしたら随分意地の悪い質問だ。それにしても彼女、ドギマギしながらも随分うれしそうにも見える。
五輪真弓も水前寺清子も身を乗り出して注目してるのに、郷ひろみだけ関心なさそうにあらぬ方向を見てるのが
空々しくおもえるのは気のせいだろうか。


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44.「小太りの方がビキニ着てるの好きなんです、赤ちゃんみたいで」

 ザベストテンでの久米対八神対決における失礼発言の最たるものと言えるだろう。
「小太り」にはさすがの八神も笑みをうかべながらも久米をにらみ付けているのが印象的。後ろでサーカスのメンバーも唖然。「ぽっちゃり」くらいならあまり波風もたたないだろうが、ここまで言ってしまうのが久米宏の面目躍如といったところか。

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45.「八神の音楽はレコード一枚聴いたくらいではわからない。彼女はむしろステージで光る歌手です」

FM東京の番組「ミュージックナウ」担当の葛西ディレクターの八神評。「ピアノの弾き語りには、もともと動の部分が失われがちですが、彼女にはそれがあります」と。このディレクターはみずいろの雨の大ヒットで売れる前から彼女に注目して、同番組に何度か登場させていたとのこと。


46.「凄いボインになって胸を張って街を歩きたい」−八神純子見たい初夢より(1981)
 雑誌の対談でも、妹たちにかなわないみたいなことを言っていたので、意外とコンプレックスだったのかも。

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47.「音楽は気の合う仲間たちとやるのが最高」

バックバンドのメルポへの感謝の気持ち。

でも、ある雑誌の対談では「やりにくいのよね、みんなわたしより年上だし」とバンドのリーダーシップをとることの難しさも。


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48.「八墓村と犬神家を足して割ったような名前ですねってよく言われるんです。光栄です。」

2月27日付東スポの「温故美新」の欄で八神純子が取り上げられた。写真は78年2月の築地での撮影とのこと。デビューの頃ちょうど横溝正史の金田一耕介シリーズが流行っていたのだろう。






49.「彼は私に曲を書いて欲しかったし」

「熱愛」というよりも、結構ドライに見ていたんだろうか。

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50.「いっぱい(音楽的)財産のある人なんだなって思います」By Yuming

ラジオ番組で共演したおりのユーミンの八神評。これは1979年ポーラースターをリリースしたころの収録なので、八神純子がまさに上昇気流に乗って、向かうところ敵なしの勢いだった時期。

音声バージョン




51. 「超ヒッピーロックな感じだよ、ウッドストックにでてきそうな…」

    By Marty Friedman

ギタリストMarty Friedmanの「みずいろの雨」評。ラテンというのよく言われることだが(実はブラックミュージックにルーツがありそうなのだけども)、ロックっぽいという意見は、この曲に限っては珍しい。

こちらのサイトの動画でどうぞ:





52.「決して美人じゃないけれどって書かれたり言われたりするでしょ。一応、ズキッてするのよ」

79年春の雑誌のインタビューより。

先日の番組でも「アイドル全盛時代に本格的歌唱力で」という紹介をしていたが、これも「アイドルみたいに可愛くないんだけど」というニュアンスだろうか。

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53「ペダルを踏むときのセクシーさっていったらないんですよね。」By 黒柳徹子
1993年ベストテン同窓会ではトップバッターで登場、曲はみずいろの雨。画面後方の大型スクリーンに写しだされる懐かしの映像も要注目。
放送当時は長男を出産したほんの数ヶ月後。

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54「いいか、歌手は血ヘドを吐いても歌うんだ」

「血ヘドを吐いても」なんて、まるで、「サインはV」とか70年代のスポ根ドラマの世界だが、デビュー間もない頃、体調が悪くて声が思うようにでなくてふてくされていた八神がプロデューサーに言われたひとこと。
そのときは、血へどを吐いたら死んじゃうじゃないってむくれちゃったけど、いまはよくわかるんです。体のせいだけじゃなく、気持ちがたるんでいたから声が出なかったんですよね―

 



















55.「体重計はお友達」

「お友達」の突然の来訪にびっくり。
今だから笑えるが、ちょっとおふざけが過ぎるんじゃないだろうか。

ビデオ








56.「テレビは戦いですよ」By 八神純子

81年のユーミンとの雑誌対談より。(ちなみにユーミンとは79年にもラジオで対談している)。

楽屋なんかでも鏡が3人分しかなかったりして、その日のゲストが4人だったりすると、絶対一人はあふれて、あたしがあふれるんですよね。

「戦いですよ」と言いながら、あっさり「あたしがあふれるんですよね」という淡々としたスタンスが、いかにも彼女らしい。一方ユーミンは「わたしだったら押しのけちゃうだろうな」。

「人を押しのけてでも」、「這いつくばってでも」というくらいの意気込みがないと音楽界のトップに君臨しつづけることはできないのかもしれないが、そういうガツガツした世界と無縁なのが八神純子というシンガーの人柄なのだ。








58.「いい女になりたい」
純子ちゃんは何故歌うの?」という南こうせつからの問いに対する答え。(81年のコンサートツアー「夢見る頃を過ぎても」のコンサートパンフより)
こうせつ氏からは「こないだのコンサート、見せていただきました。抱きしめたかったです。」というメッセージも。

99年には阿蘇で行われた「南こうせつアスペクタ音楽祭」にも出演している。













59.「わたし普段着と衣装、一緒だもの」
さすがにコンサートではコンサート用の衣装着用が多かったが、ヤマハ時代のテレビ出演ではたしかに普段着という感じが多い。雑誌の写真などみても結構同じ服を着まわしている。

派手な衣装の尾崎亜美との共演では、 

―亜美ちゃんと一緒にテレビに出たの。わたし普通のかっこしてたら「八神さん普段着ですか」なんて言われて。

ザ・ベストテンでは、久米宏に「魚河岸の帰り」と揶揄される始末。

「魚河岸帰り」のいでたちへ
















60.「顔立ち良かったね」
幼少時の自分の写真の愛らしさに思わず自画自賛。ビデオへ
八神ファンなら誰でも知ってる写真もちらっと写るのでお見逃しなく。